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「有給を取ると申し訳ない」——アメリカで初めて気づいた、私が休めなかった本当の理由

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「有給を取ると申し訳ない」——アメリカで初めて気づいた、私が休めなかった本当の理由

「全部使い切ってね」——上司からそう言われた日

テキサス州オースティンにあるテック系スタートアップに転職して最初の週、人事担当者からこんな言葉をかけられた。「うちは年間20日の有給があるけど、ちゃんと全部使ってね。使い切れなかった分は繰り越せないから」。

東京で7年間会社員をしていた田中美穂さん(35歳・仮名)にとって、その一言は小さな衝撃だった。前の職場では、有給が20日あっても実際に使ったのはせいぜい5〜6日。それも「体調不良」や「冠婚葬祭」という名目がなければ、なんとなく申請しづらい雰囲気があった。

「休むのが当然、という感覚がまったくなかったんです。むしろ、休まないことが責任感の証明みたいな空気があって」

数字が語る、日米の有給事情

厚生労働省のデータによると、日本の有給休暇取得率は近年改善傾向にあるとはいえ、依然として60%台にとどまっている年も多い。一方、アメリカの場合は法定の有給休暇制度そのものが存在しないにもかかわらず、多くの企業が独自に有給を付与しており、社員はそれを積極的に使い切ることを期待されている。

逆説的に聞こえるかもしれないが、「法律で義務づけられていないのに、アメリカ人のほうが休みを取る」という現実がある。理由のひとつは、休暇を取ることが「燃え尽きを防ぐための生産性管理」として合理的に捉えられているからだ。

シアトルのソフトウェア企業でエンジニアとして働く中村健太さん(41歳・仮名)は言う。「同僚たちは2週間のバケーションから戻ってくると、むしろ仕事の効率が上がるんですよ。日本にいた頃は、そんなに長く休んだら仕事が溜まって地獄になると思い込んでいた」

「休む罪悪感」はどこからくるのか

なぜ日本人はこれほどまでに休むことへの心理的ハードルが高いのか。その背景には、いくつかの文化的な層がある。

ひとつは「迷惑をかけてはいけない」という集団意識だ。自分が休むことで同僚に負担がかかる、という感覚が先に立ち、権利として認められているはずの休暇を申請することさえためらってしまう。

もうひとつは、「働いている姿を見せること」が評価につながるという暗黙のルールだ。成果よりも勤務時間や姿勢が評価される職場では、席にいること自体がパフォーマンスになる。有給を使うことは、その「見える努力」から離脱することを意味してしまう。

ニューヨークで日系企業と現地企業の橋渡しをするコンサルタントとして働く佐々木由紀さん(38歳・仮名)はこう分析する。「日本の職場では、休暇を取ることへの正当性を自分で証明しなきゃいけない感じがある。アメリカでは逆で、休まないことへの説明が求められる」

アメリカの職場が変えた「休む」の定義

転換点は、意外なところからやってくることが多い。

田中さんの場合、最初の夏に上司から「今年のバケーションはどこに行くの?」と聞かれたことだった。「予定がない、と答えたら、本当に心配された顔をされて。『休まないと頭が固くなるよ』って真剣に言われて、なんか笑えなかったです」

中村さんのターニングポイントは、同僚が2週間の休暇から戻ってきたとき、チームが普通に回っていた事実だった。「誰かがいなくても業務が止まらないようにするのが、チームとしての成熟だってわかった。日本では、自分がいないと困るという状況を作ることが、なんとなく自分の価値の証明になっていた気がする」

それは裏を返せば、「いなくても困らない仕組みを作ることへの抵抗」でもあった。休めない職場は、個人の責任感の問題ではなく、構造的な問題でもある。

「休む技術」を学び直す

アメリカ生活を通じて多くの日本人が語るのは、「休暇の使い方そのものを知らなかった」という気づきだ。

連休があっても、なんとなくダラダラ過ごして罪悪感を抱えるか、逆に予定を詰め込みすぎて疲れ果てるか。「ちゃんと休む」ことが、実はスキルとして必要だという認識が薄かった。

アメリカでは、旅行の計画を立てることも、デジタルデトックスをすることも、「休暇のデザイン」として真剣に考える文化がある。「PTO(有給休暇)をどう使うか」という話題は、ランチの会話にも普通に登場する。

佐々木さんはこう語る。「最初は、同僚たちがバケーションの話を嬉しそうにするのを見て、少し羨ましいような、でも自分には関係ない話のような気がしていた。でも今は、休暇の計画を立てること自体が、仕事のモチベーションになるってわかる」

変わりつつある日本、でも根は深い

日本でも近年、有給取得を義務化する方向での法改正が進み、「働き方改革」という言葉が広まった。企業によっては、積極的に休暇取得を推奨する動きも出てきている。

だが、制度が変わっても、文化はそう簡単には変わらない。「有給を取るのは権利だから気にしなくていい」と頭ではわかっていても、職場の空気や周囲の目線が変わらなければ、申請ボタンを押す指は重いままだ。

アメリカで暮らす日本人たちが口をそろえて言うのは、「外に出て初めて、自分がどれだけ休むことに罪悪感を持っていたか気づいた」ということ。その気づきは、帰国後の働き方にも静かな変化をもたらすことがある。

「休む」は、逃げじゃない

有給休暇を全部使い切ることは、怠惰でも無責任でもない。それは、長く働き続けるための投資であり、自分の時間を自分でコントロールするという意思表示でもある。

アメリカという場所は、そのことをごく当たり前の前提として教えてくれる。そしてその「当たり前」に触れたとき、日本から来た私たちは初めて、自分がどれだけ「休む許可」を誰かに求めていたかを知る。

許可は、最初から自分の中にある。ただ、それを信じる練習が、少し必要だっただけなのかもしれない。

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