「謙遜」が「自信のなさ」に見える国——アメリカのビジネス現場で日本人が学んだ自己表現の作法
Photo: World Woman Pro-Wrestling Diana, Public domain, via Wikimedia Commons
「プレゼンが終わって、上司に『よかったよ』と言われたとき、私は反射的に『いえ、まだまだです』と答えてしまったんです」
シリコンバレーのスタートアップに勤める山本さん(34歳・仮名)は、苦笑いしながらそのときのことを話してくれた。上司の顔が一瞬曇った。後日、1on1のミーティングで言われたのは「自分の仕事に自信を持てないなら、もっとサポートが必要なのか?」という言葉だった。
謙遜のつもりが、能力不足の告白に聞こえてしまった——これは、アメリカで働く日本人が経験する、最も典型的なすれ違いの一つだ。
「ありがとう」と「いえいえ」の非対称
日本では、褒められたときに素直に喜ぶのは「調子に乗っている」「自惚れている」と見られかねない。だから「まだまだです」「おかげさまで」「たまたまうまくいっただけです」という言葉が自然に出てくる。これは謙虚さの美学であり、日本の対人関係における潤滑油だ。
ところがアメリカでは、この文脈がまるごと抜け落ちる。英語で「You did a great job!」と言われたとき、「No, no, I still have a lot to learn...」と返すと、多くのアメリカ人は額面通りに受け取る。「この人は本当に自信がないんだ」「もしかして、自分の仕事の出来に不安を感じているのか」と解釈されてしまうのだ。
文化心理学の観点から見ると、これは「個人主義 vs 集団主義」の文脈の違いに起因する。日本では自己を集団の中に位置づけ、突出することを避ける傾向がある。一方、アメリカでは個人の能力と成果を積極的に主張することが、プロフェッショナリズムの一部とされている。
「控えめ」が「存在感のなさ」になる会議室
問題は褒め言葉への返答だけではない。会議の場での発言スタイルにも、同じギャップが生まれる。
ニューヨークのマーケティング会社に勤める伊藤さん(29歳・仮名)は、入社当初、会議でなかなか発言できなかった。「日本にいたころは、まず場の空気を読んで、求められたタイミングで話すのが礼儀だと思ってた。でもアメリカの会議って、みんな被せ気味に話すし、沈黙してると『意見がない人』認定されちゃう」
彼女は半年後、上司から「あなたはいつも素晴らしいアイデアを持っているのに、なぜもっと積極的に発言しないの?」と言われた。控えめにしていたのに、それが「貢献していない」と映っていたのだ。
言葉を変えた人たちの話
では、このギャップをどうやって乗り越えたのか。成功した日本人たちの言葉修正は、思ったよりシンプルな変化から始まっていることが多い。
山本さんの場合、まず「Thank you, I'm glad it landed well!」という一言を覚えるところから始めた。「感謝して、成果を認める。それだけなんだけど、最初はすごく照れくさかった」と彼は言う。でも3ヶ月続けたら、上司との関係が明らかに変わった。「信頼されてる感覚が増した」
伊藤さんは「まず声に出す練習」を自分に課した。会議前に発言内容を一文だけ準備しておき、最初の10分以内に必ず一度口を開く。「完璧じゃなくていい、とにかく存在を示す、っていう感覚を身につけた」
LAで日系企業のマネージャーを務める斎藤さん(41歳・仮名)は、もう少し根本的なシフトを経験した。「謙遜するのをやめたんじゃなくて、謙遜の向け方を変えた。自分の成果は認める。でも、チームや環境への感謝は積極的に言う。そうしたら、謙虚さとして伝わるようになった」
「自信を持つ」ことは「傲慢になる」ことじゃない
多くの日本人が戸惑うのは、「自分を売り込む」「成果を主張する」ことへの根深い抵抗感だ。それをすると、日本で身につけた「謙虚な自分」が壊れてしまう気がするのかもしれない。
でも、アメリカで成功した日本人たちが口を揃えて言うのは、「自己表現と傲慢さは別物」ということだ。自分の仕事に誇りを持ち、それを言葉にすることは、相手への敬意でもある。「私の仕事は大したことない」と言い続けることは、むしろ相手の評価を否定していることにもなりかねない。
謙虚さは、自分を小さく見せることではない。それをアメリカの空気の中で学び直すことが、日本人がこの国で本当の意味でのプロフェッショナルになるための、静かな第一歩なのかもしれない。