「違い」が強みになる日——アメリカの大学で日本人学生が発見したもの
Photo: 禁樹なずな, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
「目立たないこと」が美徳だった、あの頃
UCLAの経営学部に在籍する中村遥さん(仮名・23歳)は、渡米した最初の学期、授業中に一度も手を挙げられなかったと振り返る。「日本にいるときは、答えが確実にわかってから発言するのが普通だったんです。でもアメリカのクラスでは、みんな半分くらいしか自信がなくても普通に話す。最初は正直、怖かった」。
その感覚、海外に出た日本人なら誰もが一度は覚えがあるだろう。「出すぎた杭は打たれる」という感覚が体に染みついていると、アメリカの教室はまるで別の星のように見える。でも遥さんが気づいたのは、その「慎重さ」こそが、長期的に見ると大きな武器になるということだった。
グループワークで「日本式」が輝いた瞬間
ニューヨーク大学でデザインを学ぶ田所颯太さん(仮名・25歳)は、授業のグループプロジェクトで経験した出来事が忘れられないと言う。「チームメンバーのアメリカ人は、アイデアを出すのがめちゃくちゃ速い。でも詰めが甘いことも多くて、プレゼン前日になって『やばい、全然まとまってない』ってなることが多かった」。
そこで颯太さんが自然にやり始めたのが、タスクの細分化と進捗の「見える化」だった。ホワイトボードに工程表を書き、誰が何をいつまでにやるかを整理する。日本の部活や学校行事でやってきた、あの「準備の文化」だ。「チームメンバーに『お前、なんでそんなに段取りが得意なんだ』って言われて、最初は意味がわからなかった(笑)。でも彼らにとっては普通じゃないんだな、って気づいた」。
この経験から颯太さんは、日本的なプロセス思考——結果だけでなく「どう進めるか」を丁寧に設計する姿勢——が、アメリカのチーム環境ではむしろ希少価値になることを学んだ。
「空気を読む」能力の意外な使い道
シカゴ大学の社会学部で博士課程に在籍する松本彩香さん(仮名・28歳)は、フィールドワーク調査でその力を発揮している。「インタビュー調査をするとき、相手が言葉にしていないことを拾う感覚って、日本人は訓練されてますよね。行間を読む、みたいな」。
彼女の指導教官であるアメリカ人教授は、彼女のインタビュー記録の「密度」に驚いたという。「先生に『あなたのノートは、相手が言ったことだけじゃなくて、言わなかったことまで書いてある』って言われたんです。私にとっては当たり前のことだったんですけど」。
この「非言語情報への感度」は、社会科学の研究現場でも、ビジネスの交渉現場でも、確かな強みになる。日本社会が高コンテクスト文化と呼ばれるゆえんが、国際的な場でユニークなスキルとして評価されるのだ。
葛藤なしには語れない
もちろん、すべてが順調だったわけじゃない。遥さんは「自己主張しなきゃいけない場面で、どうしても声が小さくなる。自分の意見を押し通すことへの罪悪感みたいなものが、まだある」と正直に話してくれた。颯太さんも、「段取りを重視しすぎて、スピード感がないって思われたこともある」と認める。
文化的アイデンティティを「武器」にするというのは、自分の文化を無批判に礼賛することじゃない。どの側面が今の環境で通用して、どの側面は意識的にアップデートが必要かを、自分で見極めていく作業だ。その試行錯誤のプロセスこそが、本当の意味での「グローバル人材」を育てているのかもしれない。
「どちらでもある」という強さ
松本さんはこう締めくくった。「日本人らしさを捨ててアメリカに溶け込もうとするより、日本人でもあってアメリカにいる、っていう感覚のほうが、長い目で見ると強い気がする。どちらかじゃなくて、どちらでもある、っていうのが一番面白いポジションだと思う」。
アメリカの大学という多様性の坩堝の中で、日本人学生たちは「違い」を隠すのをやめ始めている。そしてその先に見えてきたのは、思いがけない自信と、思いがけない可能性だった。あなたの「当たり前」は、誰かの「すごい」かもしれない。