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LAで「自分らしく稼ぐ」を選んだ日本人女性たち——ゼロから始めた彼女たちの人生再設計

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LAで「自分らしく稼ぐ」を選んだ日本人女性たち——ゼロから始めた彼女たちの人生再設計

Photo: Princeajay at English Wikipedia, Public domain, via Wikimedia Commons

ロサンゼルスのサンセット・ブールバードを歩いていると、多種多様な「夢」が交差しているのを感じる。俳優志望のウェイター、週末だけDJをするデザイナー、SNSを仕事にしながら絵を描くアーティスト。この街では、肩書きがひとつじゃなくていい。

そんなLAで、日本人女性たちが静かに、しかし着実に自分たちの居場所を作り始めている。従来の「結婚・出産・安定」という人生のテンプレートから外れ、自分で定義した成功を追いかける彼女たちに話を聞いた。

「普通でいること」への違和感から始まった

ウェスト・ハリウッドでウェルネスブランドを立ち上げた松本さん(仮名・34歳)は、東京の広告代理店を辞めてLAに来た理由をこう語る。「日本にいたとき、『そろそろ結婚しないの?』と聞かれるたびに、自分の人生が他人のスケジュールで進んでいる気がした」。

LAに来た当初は英語もビジネスの知識も心もとなかった。でも、「ここでは誰も私の年齢や結婚歴を気にしない」という感覚が、彼女の背中を押した。今では日本のオーガニックコスメとアメリカのウェルネス文化を融合させたブランドをInstagramで展開し、フォロワーは5万人を超える。

「日本だったら、女性がゼロから起業するのに、もっと説明が必要だったと思う。LAでは『面白そう、やってみれば?』で話が進む」。

アーティストとして「売れること」を恐れない

日本では「アーティストは食えない」という言葉をよく聞くが、LAでは芸術を生業にすることへの社会的な偏見が薄い。ダウンタウンのアートディストリクトにスタジオを構える画家・伊藤さん(仮名・31歳)は、その文化的な違いに驚いたという。

「日本では、絵を売って生活していると言うと『大丈夫なの?』と心配される。でもLAでは『すごい、どこで見られる?』と聞かれる。この違いは本当に大きかった」。

彼女はギャラリーへの売り込みだけでなく、NFTや企業とのコラボレーション、インスタグラムを通じた直接販売など、複数の収益チャンネルを組み合わせている。「アーティストでいながらビジネスパーソンでもある、という二面性を持つことへの抵抗がなくなった」と話す。

SNSは「自己表現」じゃなく「インフラ」

LAで活躍する日本人女性インフルエンサーたちに共通しているのは、SNSをただの自己表現の場ではなく、ビジネスのインフラとして使いこなしていることだ。

YouTubeとTikTokで日英バイリンガルのライフスタイルコンテンツを発信する渡辺さん(仮名・29歳)は、チャンネル登録者数10万人超えを達成した後、ブランドとのスポンサー契約だけでなくオンラインコースの販売も始めた。

「最初は『日本人がLAで暮らすとどんな感じ?』という好奇心で始めた。でも視聴者が増えるにつれて、LAに来たい日本人女性たちへの情報源になっていった。それが自分のニッチだと気づいた」。

彼女が強調するのは、「ターゲットを絞ること」の重要性だ。「日本語と英語の両方でコンテンツを作ることで、LAに住む日本人と、日本からLAを夢見ている人、両方にリーチできる。どちらかに絞らなくていいのが、自分の強みだと思っている」。

直面する「見えないハードル」

もちろん、LAでの生活がバラ色ばかりではない。ビザの問題、言語の壁、そして「外国人」としてのビジネス上のハンデは現実として存在する。

松本さんは、「アメリカ人のビジネスパートナーと対等に交渉するまでに、2年かかった」と話す。「英語が流暢でないと、最初は軽く見られることもある。でも、結果を出し続けることで信頼は積み上がる」。

また、日本人コミュニティの中での「同調圧力」がLAにも存在することを指摘する声もある。「日本人同士で固まりすぎると、日本にいるときと同じ価値観の中に閉じ込められる。あえてそこから出ることも必要だった」と伊藤さんは言う。

「成功」の再定義——LAが教えてくれたこと

取材した女性たちに共通していたのは、「成功」を他者の基準ではなく、自分の感覚で定義しているということだ。

年収がいくらかではなく、毎朝起きたときに「今日も自分のやりたいことができる」と思えるかどうか。それが彼女たちの成功の軸になっている。

「日本にいたとき、私は常に誰かの期待に応えようとしていた。LAに来て初めて、自分が本当に何をしたいのかを考えるようになった」——渡辺さんのこの言葉が、すべてを言い表しているかもしれない。

次の世代への「地図」を描く

面白いのは、こうした女性たちが自分の経験をコンテンツやコミュニティとして後輩に伝えようとしていることだ。LAで活動する日本人女性起業家のオンラインサロンや、月一回のネットワーキングイベントが自然発生的に生まれている。

「私が10年前に知りたかったことを、今の人たちに伝えたい」と松本さんは言う。「LAは誰でも受け入れてくれる場所じゃないけど、自分で扉を叩けば開く場所ではある」。

アメリカンドリームの形は変わった。それは一攫千金でも有名になることでもなく、「自分の人生を自分でデザインする自由」なのかもしれない。LAの日本人女性たちは、その新しい地図を今まさに描いている。

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