「好きです」じゃ伝わらない——アメリカの恋愛で日本人が直面した「言葉にする」という壁
Photo: Alvesgaspar, CC BY 2.5, via Wikimedia Commons
「Are we exclusive?」
ニューヨークで出会ったアメリカ人男性に、3回目のデートでそう聞かれたとき、東京出身の会社員・桐島なつきさん(29歳)は一瞬、何を聞かれているのか理解できなかった。「日本語に訳すと『私たちって、付き合ってるってこと?』ってことですよね。でも日本だと、そういう確認を面と向かって言葉にするって、あんまりないじゃないですか。なんとなく、気づいたら付き合ってる、みたいな感じが多いから」。
その後、彼女はその男性と半年間交際し、最終的には価値観の違いで別れたが、「あの『言葉にする文化』に最初は戸惑ったけど、今思えばすごく誠実だったと思う」と振り返る。
「なんとなく」が通じない国
日本の恋愛文化には、暗黙の了解が多い。「雰囲気でわかる」「空気を読む」「察してほしい」——こうした非言語コミュニケーションが、恋愛においても大きな役割を果たす。告白という文化もその一部で、「好きです、付き合ってください」という明示的な儀式があることで、関係の開始が双方に確認される。
ところがアメリカでは、その「儀式」の形が根本的に違う。マッチングアプリでのやり取りから始まり、カジュアルなデートを重ね、そのうちに「うちらってどういう関係?」という確認が来る。しかもそれが、ごく自然な会話として行われる。
シカゴ在住のエンジニア・橋本誠さん(36歳)は、アメリカ人の彼女と付き合い始めた当初、「関係の定義づけ」を求められることに強い違和感を覚えた。「まるで契約書にサインするみたいで、最初は正直引いた。でも彼女に言わせると、『お互いに同じ認識でいるために必要なこと』だって。それはそれで、確かに合理的だと思った」。
将来の話を「3ヶ月で」するカップル
恋愛の初期段階での言語化だけでなく、将来設計の話題をかなり早いタイミングで持ち出すのも、アメリカ式の特徴として日本人がよく驚くポイントだ。
ポートランド在住の看護師・村上さやかさん(33歳)は、アメリカ人の夫と付き合い始めて3ヶ月で、「子どもは欲しいか」「どこに住みたいか」「宗教的な価値観は?」という話を真剣にされた。「日本だったら、そんなに早く将来の話をしたら『重い』って思われそうで、絶対言い出せない。でも彼は、『早めにすり合わせておいた方がお互いのためだから』って。最初は驚いたけど、付き合いが長くなってから気づいたのは、その会話があったおかげで、変な期待のズレが生まれなかったってこと」。
この「早期すり合わせ」の文化は、アメリカの離婚率の高さや、結婚に対する現実的な見方とも無関係ではないだろう。ロマンチックな幻想より、具体的な条件のマッチングを重視する——それがアメリカの恋愛・結婚観の底流にある。
「察してくれない」という孤独
もちろん、アメリカ式の直接性がすべての日本人にとって心地よいわけではない。
サンフランシスコ在住のデザイナー・木村あおいさん(31歳)は、アメリカ人の元彼氏との関係で、逆の方向の孤独を感じた。「私が落ち込んでいるとき、彼は気づいてくれなかった。日本だったら、なんとなく察して寄り添ってくれるじゃないですか。でも彼は『何かあった?』って聞かれるまで動かない。私が言わないと、何も起きない」。
彼女は結局、「言わなくてもわかってほしい」という自分の期待を手放すことが、アメリカでの恋愛において最大のチャレンジだったと言う。「それって、相手への甘えだったんだと思う。言葉にすることが愛情表現でもあるって、アメリカに来て初めてわかった」。
「交渉」ではなく「対話」として
アメリカの恋愛を「まるで契約交渉みたい」と感じる日本人は多い。でも、それを単なる「ドライさ」や「ロマンのなさ」と片づけるのは、少しもったいないかもしれない。
橋本さんは今、アメリカ人の彼女と結婚を前提に同棲している。「最初は言葉にすることが面倒くさかったけど、今は逆に日本の『察する文化』の方が、実は相手に負担をかけてたんじゃないかと思うことがある。言わなくてもわかって、って、相手にとってはけっこうプレッシャーですよね」。
桐島さんも、その後日本人男性と交際したとき、かつての自分とは少し違う動き方をしていることに気づいた。「ちゃんと言葉にするようになってた。『こういうとき、こうしてほしい』って。相手はちょっと驚いてたけど(笑)、関係はずっとクリアになった気がする」。
文化は人を縛るものでもあるけれど、異なる文化に触れることで、自分がどんな前提の上に立っていたかが見えてくる。アメリカの恋愛が「言語化」を要求するのは、相手を信頼しないからではなく、相手を尊重するための方法論なのかもしれない。
「察する」と「伝える」——どちらが正解ではなく、どちらも愛の形だ。ただ、アメリカで恋愛を経験した日本人たちは口をそろえて言う。「言葉にすることを、もっと怖がらなくてよかった」と。