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「捨てる」が美徳?——アメリカ暮らしで揺らいだ「もったいない」という日本人のDNA

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「捨てる」が美徳?——アメリカ暮らしで揺らいだ「もったいない」という日本人のDNA

Photo: David Stanley from Nanaimo, Canada, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons

シアトルに移住して7年目になるデザイナーの松田恵さん(38歳)は、最初のアパート探しのとき、前の住人が置いていったソファをそのまま使おうとして、不動産エージェントに強く止められた経験がある。「アメリカでは他人が使った家具を部屋に残すのは普通じゃない、って言われて。日本だと『まだ使えるのに』って感覚が当たり前だったので、正直ちょっとカルチャーショックでした」。

その後、彼女は近所で開かれたガレージセールに足を運んだ。テーブルに並ぶのは、どれも状態のいい食器、子ども服、本、電化製品。値段は驚くほど安い。「日本だったら捨てるよりメルカリに出すか、誰かに譲るか、それでもためらうようなものが、ここでは25セントで売られてる。しかもそれが文化として定着してる」。

「スペース」は命——アメリカ式ミニマリズムの正体

アメリカ、特にニューヨークやサンフランシスコのような都市部では、住居の広さに対してコストが跳ね上がる。スペースは文字通り「お金」だ。だからこそ、モノを持ちすぎることは経済的損失に直結するという考え方が自然と根づいている。

LA在住のライター・中村拓也さん(41歳)は、アメリカ人の友人がミニマリストに目覚めた瞬間を目の当たりにした。「彼が引っ越しするとき、3LDKの家の中身をほぼ全部ドネーション(寄付)に出したんです。本棚ごと、キッチン用品もほぼ全部。で、新しい家では『ゼロからキュレーションし直す』って言ってた。僕には真似できないけど、清々しかった」。

この「キュレーション」という言葉は、アメリカのミニマリズムを語る上でキーワードになる。日本の断捨離が「不要なものを手放すことで心を整える」という内向きの哲学を持つのに対し、アメリカのそれは「自分が本当に好きなものだけを意図的に選び取る」という、どこかプロデューサー的な発想に近い。捨てることより、「何を残すか」のセンスを問われる感覚だ。

「もったいない」は哲学か、執着か

日本語の「もったいない」は、英語に直訳できない言葉として海外でもよく紹介される。物の本来の価値を無駄にすることへの罪悪感、あるいは惜しむ気持ち。環境活動家のワンガリ・マータイさんが国連でこの言葉を紹介したことで、エコロジーの文脈でも有名になった。

でも、アメリカ在住の日本人の間では、この「もったいない」が時として足かせになるという声も少なくない。

シカゴで会計士として働く田辺ゆきさん(34歳)は、日本から持ってきた段ボール箱10箱分の荷物が、3年経ってもほぼ手つかずのままであることに気づいた。「開けてもいない箱があって。でも捨てられない。日本にいたときの自分の一部みたいな気がして」。そのとき彼女は初めて、「もったいない」が物に対する感情なのか、過去の自分への執着なのか、区別がつかなくなっていることに気づいたという。

ガレージセールという「別れの儀式」

アメリカの文化で興味深いのは、捨てることを「手放し」と「出会い」の両面で捉えるポジティブな構造が社会に組み込まれていることだ。ガレージセールやFacebook Marketplace、GoodwillやHabitat for Humanityへのドネーションは、「誰かの不用品が誰かの宝になる」という循環を日常レベルで機能させている。

「日本だと、人にあげるにしても気を遣うじゃないですか。これを渡したら失礼じゃないかとか、相手が困らないかとか。でもアメリカのガレージセールは、来た人が自分で判断して持ってく。そのドライさが最初は冷たく見えたけど、今は逆に合理的だと思う」と松田さんは言う。

サンノゼ在住の主婦・小林あかりさん(45歳)は、子どもが小学校を卒業したタイミングで、思い切って学用品や絵本の大部分をドネーションに出した。「最初はすごく迷ったけど、Goodwillのスタッフが『これ喜ばれますよ』って言ってくれて。誰かに使ってもらえると思ったら、急に手放せた」。

両方の文化で生きる、第三の選択肢

アメリカで長く暮らした日本人の多くが行き着くのは、どちらかの文化を「正解」にするのではなく、自分なりの基準を作るというスタンスだ。

中村さんは今、「3年以上使っていないものは手放す」というルールを自分に課している。「日本の感覚で言えば冷たいかもしれないけど、アメリカの感覚で言えばまだ甘い(笑)。でも、それが今の自分にちょうどいい」。

田辺さんは、未開封だった段ボールをついに全部開けた。日本の友人からもらった手紙や、大学時代の写真、使わなかった文房具——それぞれ「残す」「手放す」「日本の家族に送り返す」の3択で仕分けした。「全部終わったら、なんか軽くなった気がした。それは日本的な感覚なのか、アメリカ的なのか、もうわかんないけど、すっきりしたのは確か」。

モノとの付き合い方に「正解」はない。でも、異なる文化の中で暮らすことで、自分がいかに無意識の前提を持っていたかが見えてくる。「もったいない」も「手放す潔さ」も、どちらも人間が物や記憶と向き合うための知恵だ。アメリカという異なるレンズを通して初めて、日本人は自分の中の「もったいない」が何に向いていたのかを、問い直すことができる。

そしてそれは、捨てることよりずっと豊かな作業かもしれない。

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