「先生、うちの子は今どこにいるの?」——アメリカの学校で感じた、親が「蚊帳の外」に置かれる不思議
カリフォルニア州に移住して3年目の恵子さん(40代・仮名)は、子どもが通う公立小学校の保護者面談で、ある言葉に驚いた。
「先生に『今週、算数で何を習っていますか?』って聞いたら、『お子さんに聞いてみてください』って言われたんです。それが答えだとは思わなかった」
日本では、連絡帳に毎日の予定が書かれ、学習進度は丁寧にお知らせが来て、テストの点数も親がすぐに確認できる。それが「当たり前」だと思って育ってきた彼女にとって、アメリカの学校の情報共有スタイルはまるで別世界のように映った。
「知らされない」じゃなくて「知りに行く」文化
アメリカの多くの学校では、日本のような連絡帳の文化はほとんど存在しない。かわりに使われるのが、SchoolMessengerやParentSquare、ClassDojoといったデジタルツール。先生からのアナウンスはアプリで届き、重要な連絡はメールで来る。
でも、それはあくまで「お知らせ」であって、「報告」ではない。子どもが今日どの単元を学んでいるか、どのテストで何点を取ったか、宿題を出したかどうか——そういう細かい情報は、基本的に親が自分で確認しに行くか、子ども本人に聞くかのどちらかだ。
テキサス州に住む翔太さん(30代・仮名)は、こう振り返る。
「息子が4年生のとき、学期末の成績表を見て初めて、理科でつまずいていたことを知ったんです。日本なら中間テストの結果が来た時点で気づけたはずなのに、って」
アメリカの学校では、成績は学期ごとにまとめて通知されることが多い。もちろんオンラインの成績ポータル(Aeries、PowerSchoolなど)にアクセスすれば随時確認できるが、そのIDとパスワードを受け取ったまま使い方がよくわからなかった、という親も少なくない。
「子どもの自立」が最優先という哲学
なぜアメリカの学校はこういうスタイルなのか。その背景には、子どもを「小さな大人」として扱う文化的前提がある。
アメリカの教育哲学の根底には、「子どもは自分のことを自分で管理する能力を育てるべき」という考えがある。宿題のスケジュールを自分で立てる、先生に質問しに行く、困ったときに助けを求める——そういったスキルを小学校のうちから身につけることが、長期的な自立につながると信じられている。
親がすべてを把握してしまうと、その自立の機会が失われる、という発想だ。
ニュージャージー州で二人の子どもを育てる美咲さん(40代・仮名)は、現地の保護者友達からこんなことを言われたと話す。
「『うちは子どもに任せてるから、宿題やったかどうかチェックしないよ』って。最初は無責任に聞こえたんですよね。でも、その子が高校生になったとき、すごくしっかりしてて。あ、そういうことか、ってやっと腑に落ちた」
「任せる」と「放置する」は違う——でもその線引きが難しい
もちろん、「子どもに任せる」と言っても、アメリカの親が完全に無関心なわけではない。むしろ、ボランティアで学校に参加したり、PTA(PTOと呼ばれることも多い)に積極的に関わったりする親は多い。ただ、その関与の仕方が日本とは少し違う。
日本の親は「学習内容を把握して、家でフォローする」という形で関わることが多い。アメリカでは「学校のイベントや環境を支える」という関わり方が主流だ。教室の壁の飾りつけを手伝ったり、遠足の引率をしたり、読み聞かせボランティアに参加したり。
そのギャップが、日本人の親に独特の疎外感を生むことがある。
「学校に関わりたいのに、どう関わればいいかわからない。連絡帳もないし、先生と話す機会も少ないし、なんか自分だけ蚊帳の外みたいで」と恵子さんは言う。
「知らないこと」に慣れるまで
それでも、アメリカの学校生活に慣れてきた親たちは、少しずつ視点が変わってきたと話す。
「子どもに『今日学校どうだった?』って聞いたとき、日本にいたころは『普通』って一言で終わってた。でもこっちでは、先生から情報が来ないぶん、私が聞くしかないから、会話が増えた気がする」と美咲さんは笑う。
翔太さんも、息子の理科の件以来、オンラインポータルを定期的にチェックするようになったと言う。「システムを使いこなせれば、むしろ情報は豊富なんですよね。ただ、自分から動かないと何も入ってこない」
「知らされる」から「知りに行く」へ——その発想の転換が、アメリカの学校文化に慣れるための最初の一歩かもしれない。
「正解」はどちらにもない
日本の教育システムが細かく親に情報を伝えるのは、家庭と学校が一体となって子どもを育てるという思想の表れだ。アメリカのシステムが親への情報共有をある程度子どもに委ねるのは、子どもの自律性を尊重するという哲学の表れだ。
どちらが「正しい」かという話ではない。ただ、その違いを知らずにアメリカの学校に子どもを預けると、必要以上に不安になったり、学校や先生に不信感を持ったりしてしまうことがある。
「最初の1年は、本当に何もわからなくて怖かった」と恵子さんは振り返る。「でも今は、知らないことが多いぶん、子どもと話す時間が増えたと思ってる。それはそれで、悪くないかな」
知らされない不安の向こう側に、別の形の「つながり」が待っているのかもしれない。